特別寄稿「私と応援指導部」

去る1月11日(金)、三田山食にて恒例の応援部三田会新年会を実施。会員および現役多数が参加し、多いに盛り上がりました。会員の懇親を深める場として  また新幹部の門出を祝う席として 昨年に続き、相場野球部監督も出席されました。その相場監督に、今年創部75年を迎える我が部に是非、寄稿文を、とお 願いしましたところ、「三田会の結束力を高めるためなら」と快く一発返事でご了解をいただき、今回特別掲載致しました。ご覧下さい。

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応援指導部と私
体育会野球部監督 相場 勤(S62法卒)
KEIOのユニフォームを着て戦った神宮球場。数々の思い出がある中、忘れられない光景がある。昭和61年春の慶早3回戦。勝てば優勝のこの試合で逆転サ ヨナラ負けを喫した塾野球部。試合後応援席へ向かい挨拶をした私の眼に一人の応援指導部員の姿が入った。早稲田校歌の流れる中、彼は涙を拭くこともなく直 立不動で泣いていた。すまなかった。
優勝を信じて応援してくれた彼らへ申し訳ない思いで一杯になった。今でもグランドからスタンドを見上げると彼の姿が眼に浮かんでくる。
青春を共に過ごしてきた仲間。応援指導部(援部)に対する私の思いである。当時は野球部と援部、特にリーダーとはよく飲みにいっては一緒に騒いでいた。 野球部合宿所の部屋でつぶれた奴もいたし、渋谷の交番に連行された奴もいたなあ。私が立教戦で打った3打席連続本塁打のリーグ記録も、前夜の援部の連中と の花見がパワーの源だったとか。付き合いは卒業後も続き、今でも時折会っては昔話で花を咲かせている。
選手あるいは審判として神宮のグランドに立っていた頃は、敵味方なく応援の姿、演奏といったものが直に見聞きできた。今、監督としてベンチで采配を振る う時、残念ながら自軍の応援はまったく見えず聞こえず、敵の応援を一方的に見せられている。たまったものではない。と、おそらく他大学の監督も感じている はずだ。学生席の埋まり具合も気になるものだ。相手に対しプレッシャーをかける、この点においては応援席とベンチは一体となっていると感じる。
春と秋の2シーズン、神宮球場で繰り広げられる東京六大学野球リーグ戦。待ちに待ったその試合への期待の高まりと興奮を五感で感じるものがある。日差しと匂いと音である。
外苑前駅を出て差し込む、春は柔らかなまぶしさ、秋は夏の名残を残すシャープな日差しに、いよいよだなと身が引き締まる思いをする。球場正面から入ると売 店からカレーの匂い。何年たっても変らぬ風物詩。気持ちがリセットされる。そして、ベンチ裏に来たときに聞こえてくる学生席からの演奏の音。グランドに立 つ直前の緊張感とともに気合を入れなおす瞬間である。リーグ戦を思う時、この3つはなくてはならない大切なパーツである。
今年は塾創立150年、野球部創部120周年の記念年。監督として味わう優勝祝賀会を応援指導部の皆さんとの思い出の1ページに是が非でも加えたいと心に誓っている。
以上


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