伝統の決戦を駿河の国で

                        知久磐雄(昭和32経B)
炎暑滾る8月25日(土)、全早慶戦を33年振りに静岡県営草薙球場にて開催された。
学生野球の雄として歴史と伝統を誇る両大学が、野球の試合と共に応援合戦でも綴り広げる神宮球場での熱闘を静岡県下でも再現しようと、両校OBが主管して 2007all早慶戦静岡大会実行委員会を組織し、それに県、市、各新聞社が後援して県下の一大イベントが行なわれました。
慶応義塾は創立150年記念イベント事業として、早稲田は創立125周年記念フェスティバルin静岡と銘打ってテレビ静岡の協賛もあり、連日PR画面でテレビ報道されました。
放映の宣伝が全県下にきいて、当日の入場者数は12,OOO人にのぼり、県下の各種アマチュアスポーツ大会や集会においては類を見ない程の動員数といえます。

塚本先輩

塚本先輩

左・知久先輩

左・知久先輩

まずは始球式が行なわれ野沢静岡三田会会長、増田静岡稲門会会長,清水稲門会会長、小寺テレビ静岡会長の4名の両校大先輩が、ピッチャースマウンドより遥かホーム寄りで投げて無事捕手のミットに納まったので観衆より温かくも安堵の拍手が湧きました。
当日は今夏の猛暑の中でしたが、春季、秋季のリーグ戦が行なわれる季節と違い、真夏の燃える太陽と煌めく大地のもと、抜けるような青空に芝生の緑と白球が大観衆にスポーツの爽やかさを味わはせました。
慶応の投手陣は、先発合田(OB)斉藤(泰)(OB)奥橋(1)居村(2)守口(4)と5人の投手を注ぎ込み、打撃も3番梶本(2)、5番松橋(4)が本塁打を放ち健闘しましたが、結果は残念ながら10:2で敗れました。
早稲田の斉藤佑樹投手は6?7回の2イニングを投げ被安打1でした。秋のリ一グ戦にはぜひとも慶応の打線が炸裂してほしいと念願しています。
前日は静岡グランドホテル中島屋にて両校選手の歓迎会が行なわれました。
例年夏には早慶ビアーパーティが開催されて来ましたが、今年は急遽全早慶戦前夜祭に切り替え、OBを中心に盛大な歓迎会を開きました。参加者数は慶応OB が83名、早稲田OBもほぼ同数、来賓20名に両校選手が各32名ずつで64名、両校応援指導部、応援部が30名それにブラスバンドの地元協力高校として 静岡高と静岡商業の皆さんが30余名参加願って総人数で300人に及ぶ賑やかな前夜祭となりました。
応援指導部OB,OGの皆さんも駆付けてくれ、試合当日には神宮スタイルで大活躍してくれました。ご参加の方は加藤淳次君(59年L)一一その他の方は貴兄のところで記入を願います一一一
歓迎会場で慶應相場監督からは「我々両校を静岡の地に招聘頂いて大変感謝している。静岡は昔から大変野球が盛んな地であり高校野球でも強豪が多い。早慶両校に縁の深い選手OBも多くおられるのは承知している。明日は全カで戦うので皆さんの応援をよろしくお願いしたい」。
一方、早稲田應武監督は「多数の両校OB又関係者の歓迎を頂いて有難い。昨年は全日本学生選手権で優勝することができて無上の喜びであった。これからも両校がお互い切磋琢磨して心技体を鍛え学生野球の範となるよう頑張るので温かい支援をお願いしたい」。
歓迎側からは両校OB会長に続き、主催総括責任者としてテレビ静岡小寺健一会長(早稲田OB)から、
「前回行なわれた全早慶戦は今から33年前の昭和49年11月17日静岡球場と称していた時代に挙行された。それは大正時代静岡中学が甲子園で優勝した時 の勝利投手上野さんが、東京六大学野球の50周年を記念して早慶野球部が揃ってハワイに遠征試合にいく計画をしているが、その費用の一部捻出にこの地で試 合をやりたいが何とかならないかという話から持ち上がったと聞く。当時の両校OBは直ぐに協議し資金も集め開催した。当日は生憎朝から小雨模様になったが 決行した。そして2:2まま雨中を試合が進み最終回まで消化して引き分けた。選手は勿論応援部ブラスバンドの楽器も奏者もずぶぬれになりOB役員から後で 特別にお礼金を出したという歴史がある。あすは天気の心配は無いようだから全力で試合し、全力で応援して頂くようお願いする。テレビ静岡が実質主催する形 になり皆さんから多大なご支援を頂き感謝に耐えない」、旨の挨拶がありました。
草薙球場は1934年(昭和9年)日米対抗戦が行なわれ、米はメジャー選抜、日はプロ選抜が激突し沢村投手が8回までにベーブルースも三振に打ち取るなど 9奪三振無朱点に押さえる好投を演じ、最後にルーゲーリックにホームランを打たれて1:0で惜敗したという日本の球史に残る名試合の場所である。
球場正面には沢村投手とベーブルースが対峙する立像が人の足を止めている。名勝日本平の麓にあり総合運動場として各種の施設が集まり市民憩いの場でもある。将来再び全早慶戦をこの地で開き慶応に勝利して貰いたいものである。
静岡三田会には応援指導部OBとして知らぬ者無き塚本太郎先輩(昭和27年経L)がおられる。塚本大先輩はかつて静岡高校の校長よりたっての依頼として同 校の応援部を設立し、在校生に愛校の精神、整然たる応援の美しさ、ここぞの期に選手の意気を鼓舞しリーダーシップを発揮する気合いと技を指導してほしいと 懇願された。
情熱家の先輩は校長の意気に感じ学生を6年に亘り、奉仕の精神、リーダーの心、端正な美の技を徹底訓導された。先輩の指導を受けた生徒はその後各大学、社会人として大活躍している。塾の応援指導部ここにありの感である。
付言ですがテレビ静岡の制作部スポーツ担当は亀山君といい、物故された応援部三田会亀山謙氏(昭和43年経B)のご子息であった。当人は早稲田出身の若者ですが取材等の情報提供で髄分お世話になった。これから社会人としての大成を切望しています。
以上


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