応援指導部年表

1858(安政 5年)・福澤諭吉、江戸築地鉄砲洲に蘭学の一小家塾を開く(慶應義塾の起源)
1898(明治31年)・この頃塾旗として三色旗がつくられる
1901(明治34年)・福澤諭吉死去(2月3日)
1903(明治36年)・慶早戦野球が始まる(三田綱町グラウンド)。慶早戦以前、対一高戦に紙の旗振って、応援したとも言われている
1904(明治37年)・「塾歌(旧)」制定
1906(明治39年)・「天は晴れたり」の誕生
・秋、1勝1敗のあと熱烈な一般ファンによる応援の過熱ぶりから不測の事態を憂慮し、学校当局が「決勝戦中止」を決定。
以後20年間中断
1917(大正 6年)・東京六大学野球連盟結成
1925(大正14年)・秋 慶早戦復活
1927(昭和 2年)・「若き血」の誕生
1928(昭和 3年)・「丘の上」の誕生
1929(昭和 4年)・天覧慶早戦
1931(昭和 6年)・ボーク事件(春季慶明戦)
1932(昭和 7年)・創立75周年記念式典挙行される
1933(昭和 8年)・「幻の門」の誕生
・慶應義塾大学応援部結成の発会式が行われる(於10月11 大講堂)
・加藤元一(医学部教授)、初代部長に就任
・水原リンゴ事件(10月22日)
1935(昭和10年)・「躍る太陽」の誕生
1936(昭和11年)・6月、部内に摩擦が生じ、解散。以後、自治統制会管理の応援となる
・「躍る太陽」の夕べ(於 日比谷公会堂)
・自治統制会組織される
1939(昭和14年)・現在行われている一、二、三、拍子の拍手生まれる。(勝利の拍手)
・「塾歌(現行)」の制定
1940(昭和15年)・「三色旗の下に」の誕生
1943(昭和18年)・東京六大学野球連盟解散
・出陣学徒壮行慶早戦(10月16日)
1945(昭和20年)・戦後初めてのオール慶早戦(11月)
1946(昭和21年)・自治委員会応援指導部の設立
・春、東京六大学野球リーグ戦復活
・「我ぞ覇者」の誕生
・十二畳塾旗が制作される
・応援指導部初の歌集を発行(11月24日発行)
1947(昭和22年)・「慶應讃歌」の誕生
・東京六大学応援団連盟結成(5月19日)
・創立90周年記念式典挙行(5月24日)
・90周年記念歌集を発行
1949(昭和24年)・「VICTORYMARCH」の誕生
1950(昭和25年)・「オール慶應の歌」の誕生
・吹奏楽団の発足
・第1回ラリー開催(於芝スポーツセンター)
・メイン台、幹部セーターを使い始める
・ミッキーマウスをイメージキャラクターとする
・慶早戦に金太郎のデコレーション登場
1951(昭和26年)・第1回定期演奏会(於三田33番教室)
・初の演奏旅行(関西方面)を挙行
・OB会、応援部三田会発足
1952(昭和27年)・慶早戦デコレーションにミッキーマウス登場
1956(昭和31年)・現役幹事制施行
1957(昭和32年)・エールが塾歌に統一される
1958(昭和33年)・「王者ぞ我等」の誕生
・創立百年記念式典挙行される
・百年祭ラリー?王者の集い?
・ミッキーマウスの著作権問題で、デコレーションにマイティー・マウス登場
1960(昭和35年)・「おお我が慶應」の誕生
・「ファイトケイオー」の誕生
・寺尾琢磨(経済学部教授)、第2代部長就任(3月)
・春、青・赤の三角帽の採用
・慶早6連戦
・日本初のバトンガールの登場
1961(昭和36年)・慶早戦デコレーションに図書館登場
1962(昭和37年)・夏自衛隊合同合宿
・慶早戦デコレーションにユニコーンが初めて登場
1965(昭和40年)・慶早戦デコレーションにミッキーマウス再登場
1966(昭和41年)・「ダッシュKEIO」の誕生
1968(昭和43年)・公認バトン同好会「ブルーレッド&ブルー・メジャレッツ」発足
・早慶フェスティバル開催
・定期演奏会にてステージドリル登場
1969(昭和44年)・石川忠雄(法学部教授)、第3代部長就任
1975(昭和50年)・初の海外合宿(グアム島)を敢行
・バトン部発足
1977(昭和52年)・前塾長久野洋(工学部教授)、第4代部長就任
・「若き血」50周年ラリー
・「ダッシュKEIO」にファンファーレがつく
1978(昭和53年)・「めざせ栄光」の誕生
1981(昭和56年)・「突撃のテーマ」「ファイティング・マーチ」の誕生
1982(昭和57年)・ミッキーマウス使用禁止。慶早戦に再びユニコーンが登場
1983(昭和58年)・創立百二十五年記念式典挙行される
・百二十五年祭ラリー?王者の集い?
・応援グッズの販売開始
・塾旗フラッグ新意匠(正規ペン章)にて5本新調
・第1回ファミリーフェスティバル開催
1984(昭和59年)・バトン部、ミスドリルチーム ジャパンページェントで優勝。翌年ロサンゼルスに遠征
1987(昭和62年)・池井優(法学部教授)、第5代部長就任
1989(平成元年)・バトン部、全日本チア選手権で優勝。翌年、小泉努力賞受賞
1993(平成 5年)・「Blue sky KEIO」の誕生
1994(平成 6年)・バトン部よりチアリーディング部に名称変更
1998(平成10年)・ラリー、最後の開催となる
2000(平成12年)・寺崎修(法学部教授)、第6代部長就任
2005(平成17年)・「慶應義塾大学応援指導部規約」制定。同規約に基づく監督・コーチ制がはじまる。(監督・高崎元正)
2007(平成19年)・山内慶太(看護医療学部教授)、第7代部長就任(12月)
2008(平成20年)・創部75年記念式典開催(7月27日)
・慶應義塾創立百五十年記念式典挙行予定
2007(平成19年)・山内慶太(看護医療学部教授)、第7代部長就任(12月)
2008(平成20年)・創部75年記念式典開催(7月27日)
・慶應義塾創立百五十年記念式典挙行予定